長年、小学校で作文指導をしてきた私は、いわば「作文のプロ」でした。
しかし、その自信は、「どんな感想を書けばいいかわからない」という息子の一言で、脆くも崩れ去りました。
その瞬間、私の中にあったのはただ焦る母親の気持ちだけ。
教室では冷静に指導できていたのに、わが子の前では何も言えないなんて。
教師としては4000人の子どもに指導してきた私が、わが子の前ではなぜ『プロ失格』になったのか?
その失敗こそが、全ての親が知るべき『正解のない文章』の引き出し方のヒントでした。
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- 40年間、大都市近郊の小学校5校で約4000人の児童と向き合ってきた元小学校教諭。
 - 教育相談担当として5年間、不登校や生活リズムの問題など年間約30件のケースに寄り添い、子どもと保護者の心に深く関わる。
 - PTA担当の3年間では、多くの保護者の悩みや喜びを共有。
 - 夫も小学校教員という共働き家庭で2児を育てた経験から、「忙しい親だからこそできる子育て」を実践と教育現場の両面から伝える。
 
作文指導の「正論」が息子を黙らせた日
失敗談:親の「正解探し」で息子が鉛筆を置いた瞬間
息子が小学3年生の夏。本を読むのが大好きな彼は、夏休み初日に探偵が事件を解決するワクワクする物語を選びました。
主人公が家族や友達と協力しながら困難に立ち向かう場面に、心を動かされていたようでした。
しかし、休みが半分を過ぎたころ、彼は原稿用紙を前に黙り込んでいました。

おかあさん、どう書けばいいかわからない…。
その小さな呟きを聞いた瞬間、私は「作文指導のプロ」として、反射的に質問を投げかけてしまいました。

主人公の気持ちは?どの場面が一番心に残った?
頭の中では『共感→場面特定→結論』の指導パターンが自動再生されていました。
しかし、それは子どもの思考のスピードを無視した、大人の論理。
息子は黙ったまま、鉛筆を置いたのです。
その瞬間、胸が締め付けられるような罪悪感を覚えました。
教師としての知識が、親としての感情を上回ってしまった。私の問いかけは、息子の「心」ではなく「頭」で答えさせようとしていたのです。
読書感想文に正解はありません。それなのに、私は無意識のうちに「正しい答え」を求め、わが子を問い詰めていました。
質問攻めが、息子の心の声を封じ込めていたのです。

子どもは「ちゃんと答えなきゃ」とプレッシャーを感じ、かえって言葉を失ってしまいます。
重要なのは、答えを引き出すことではなく、子どもが自由に話せる安全な空間を作ることです。
翌日、私は息子が読んでいた本を少しだけ読み、朝食時にそっと話題を出してみました。

昨夜のあの場面、探偵になったところ、わくわくしたね!
すると、彼の目がぱっと輝きました。

うん!面白かったよ。犯人が意外な人でびっくりしたんだ!
硬かった表情がほぐれ、自然に会話が生まれたのです。

「書かせなきゃ」と焦らず、まずは子どもと一緒に読書を楽しむこと。
それが、読書感想文への第一歩です。
言葉のタネを見つける秘訣:感情を「色」と「非言語」で表現するアプローチ
一方、娘の場合は少し違うアプローチが必要でした。
彼女が選んだのは、家族や仲間の愛情や葛藤を描いたファンタジー小説。
息子との失敗を経て、私は娘が読んでいた本を自分も読み、リビングで並んで座り、静かに尋ねました。

本の感想を聞かせて。
娘は言葉を選びながら答えました。

主人公が友達にひどいことを言われて泣いている場面、見ていてつらかった。

その後どうなった?
そう問いかけると、彼女は主人公の行動と自分の気持ちを重ね、話し始めました。

勇気を出して謝ったんだ。
しかし、娘の表情を見て気づいたのです。言葉にできない感情が、まだたくさん心の中にあることを。

特に内向的な子どもにとって、感情を言語化する前のステップが必要です。
そこで、私は色鉛筆でその場面の感情を塗り分ける遊びを取り入れました。悲しい場面を青色で、勇気を出す場面を力強い赤色で表現する。

赤青黄の色鉛筆で感情を塗り分ける
この非言語コミュニケーションである「色」を使う手法は、心のバリアを外し、表現のタネを見つけるのに非常に有効でした。
娘は色を塗りながら、「この青は、ただの悲しさじゃなくて、裏切られた気持ち」「この赤は、怖いけど前に進む感じ」と、言葉を紡ぎ始めたのです。
色という「形」を通して、言葉にできなかった心の動きが自然に文章化されていきました。

言葉で表現しにくい感情は、「色」を使うと言語化しやすくなります。
感情を直接言葉にするのではなく、まず色や形といった視覚的表現を経由することで、子どもの内面を引き出す効果的な手法です。
これは、学校現場では集団指導や時間制約から難しいですが、家庭なら可能です。
感情を色で表す手法はアート作品を作る際にも用いることができます。具体的な方法についてはこちらの記事で説明しています。

わが家流「書く力」を育む3つの伴走ステップ
Step 1: 「感想」ではなく「感情」に名前をつける対話術
物語を絵や図にしたり、一場面を声に出して演じたりしましょう。
娘が色鉛筆で感情を塗り分けたように、言葉にする前の「表現」が、子どもの心を開く鍵になります。
息子が探偵物語で悩んでいたとき、私は「どう書けばいいかわからない」という彼を急かしませんでした。
代わりに、こう問いかけたのです。

自分だったらこの場面でどう感じる?
すると彼は、目を輝かせて話し始めました。

探偵の正体が分かったとき、びっくりした!
この「びっくり」という感情こそが、彼の文章のタネになりました。

こうした問いかけは、子どもが自分の感情に名前をつけ、それを言葉にするプロセスを自然に促します。
重要なのは、答えを急がせず、子どもが自分で見つけるまで待つことです。
効果的な問いかけの例
- 「主人公がそうした時、あなたの気持ちは何色になった?」
 - 「その場面で、あなたの心はどんな音がした?ドキドキ?それともシーン?」
 - 「もしあなたがその場にいたら、何て声をかけたい?」
 
Step 2: 白紙の恐怖を克服する「思考の地図」作成法
言葉のタネが揃ったら、付箋や模造紙を使って文章の設計図を作りましょう。
この方法は、単に頭の中を整理するだけではありません。
白紙の原稿用紙を前にすると、「最初の一文をどう書こう」というプレッシャーに襲われますが、付箋を使えば、思いついたことを自由に書き留め、後から順番を入れ替えることができます。
息子は「犯人の正体が分かった場面」や「家族と推理ゲームをした経験」などを付箋に書き出し、それをどういう順番で書けば一番ワクワクする文章になるかを模造紙に貼って試行錯誤しました。
「言葉のパズル」を楽しむ感覚で、構成を練ることができたのです。

設計図という「道しるべ」があることで、こどもは迷うことなく、自らの言葉で文章を組み立てていくことができます。
Step 3: 「間違い探し」を「表現の深掘り」に変える魔法の推敲
文章を書き終えたら、家族で声に出して読み合いましょう。
推敲の目的は「間違い探し」ではありません。私たちが大切にしたのは、推敲を通じて子どもの自信と洞察力を育てる対話でした。
息子が書き上げた文章を不安げに持ってきたとき、私はこう伝えました。

主人公の驚きがすごくよく伝わったよ。特に「心臓が飛び出しそう」って表現、読んでいる私もドキドキしたもの
すると彼の目に自信が戻り、自ら声を上げてくれました。

もっとこの部分を工夫したい!

「よく書けたね」という漠然とした褒め言葉ではなく、「どこが」「なぜ」良いのかを具体的に伝えることで、子どもは自分の表現力に自信を持ちます。
娘が文章表現に悩んでいるときには、こう声をかけました。

この「楽しい」という言葉で伝えたかったのは、どんな「楽しさ」かな?ワクワクする楽しさ?それとも、ほっとする楽しさ?
すると彼女は少し考えて、自ら辞書を引き、新しい言葉を探し始めました。

「嬉しい」じゃなくて「晴れやかな気持ち」の方が近いかも。

「どうしてこの言葉を選んだの?」と問いかけることで、子どもたちは言葉を選んだ理由を話してくれます。
その過程で、自分の考えが整理され、自己表現力が深まるのです。
推敲という「作業」を、親子の対話を通じた「成長の時間」に変えることで、読書感想文は子どもにとってかけがえのない学びの機会になります。
効果的な問いかけの例
- 「この表現はすごく共感できるけど、別の言葉も試してみようか」
 - 「『悲しい』って書いてあるけど、どんな種類の悲しさだった?」
 - 「ここで一番伝えたいことは何?」
 
実践ノウハウ:学年別・子どもを伸ばす言葉の引き出し方
子どもの年齢や発達段階に合わせて、読書感想文へのアプローチを変えることが大切です。
低学年:登場人物の「セリフを演じる」遊びで共感力を育む
「書く」ことに抵抗がある時期です。まずは「おしゃべり」で物語を共有しましょう。
絵日記のように好きな場面を絵に描いてもらい、その絵について話すだけでも十分な感想文になります。
わが家では、娘が低学年の頃に、物語の登場人物になったつもりで声を出し、セリフを演じる遊びを取り入れました。

※たまごやきがいちばんうまいよ。
※ぞうのたまごのたまごやき(理論社)

セリフを演じることにより、子どもは楽しんで物語の世界に入り込むことができ、自然と感情が言葉としてあふれてきます。
中学年:「もし自分だったら?」問いかけで物語を自分ごとにする探究
物語の背景や登場人物の心情を深く掘り下げられるようになります。
この時期の息子には、物語に登場する探偵や歴史上の人物について、親子で一緒に調べる時間を作りました。本の内容を深めるための「小さな探究活動」です。
また、「もし自分が主人公だったらどうする?」と問いかけることで、物語を自分ごととして捉え、より具体的な言葉で表現できるようになりました。

きみが主人公だったらどうする?

う~ん、やっぱりここはいったん退却するかなぁ。
高学年:物語と自分の体験を結びつける議論
自分の意見や社会的なテーマと結びつけて考える力が育ちます。
物語の「正義」や「友情」といったテーマについて、親子で議論してみましょう。
娘が読んだファンタジー小説の「家族の愛情」について話したとき、彼女は物語の登場人物と自分の父親を重ねて話してくれました。

お父さんは忙しくてあまり話をしないけど、本当は優しい。
これは、自分の体験と物語を結びつけ、深く考える力が育っている証拠です。
読書感想文がくれた親子の宝物:それは「書く力」ではなく「語り合う時間」
わが家では、この体験をきっかけに「物語を楽しむワーク」と「達成後の共有タイム」を習慣にしました。
親子で語り合う時間を持つことで、子どもは書くことに前向きになり、親は成長を間近で感じられます。
こうした時間を重ねて気づいたのは、読書感想文は単なる夏休みの宿題ではないということです。
それは子どもが本と向き合い、心を動かされ、考えを巡らせる貴重な時間であり、「書く力」を育むだけでなく、自己肯定感を高め、親子の関係を豊かにする特別な機会なのです。
40年の指導経験と二人のわが子から学んだのは、教育学でいう『足場かけ』の真髄は、正解を与えることではなく、安全な土台を提供し続けることだということです。
お子さんが鉛筆を持ったまま天井を見上げている時、私たちはつい「早く書きなさい」と言いたくなります。
でも、あの沈黙の中で、子どもは言葉を探し、感情を整理し、自分なりの表現を模索しているのです。
その時間を奪わないこと。それが、作文指導のプロだった私が、母親として学んだ一番大切なことでした。
  
  
  
  




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